2015年12月10日、上野のコワーキングオフィス「いいオフィス」で連続リアルイベント「灯台もと倶楽部」の第1回を開催しました。ゲストは発酵デザイナーの小倉ヒラクさん、4コマエッセイストのヒビノケイコさんです。そしてモデレーターを務めるのは、株式会社Wasei代表の鳥井弘文です。
テーマは「これからのローカルとデザインの関係」。地域を拠点に活動するゲストのおふたりに、ローカルでのこれからの生き方や地域の未来について語っていただきました。
地に足のついた再現性のある表現をしています
鳥井弘文(以下、鳥井) まずはおふたりの自己紹介からお願いできますか?
ヒビノケイコ(以下、ヒビノ) 私は大阪出身、9年前に高知の山奥に移住して暮らすようになりました。同時に、田舎に仕事をつくろうと、自然派菓子工房「ぽっちり堂」(山カフェ・ネット通販)を立ち上げました。1年前からはブログ「ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。」の運営、その他雑誌・書籍の執筆、コメンテーター、講演のお仕事をしています。
なぜそういうことをするようになったか? というと、日常とアート(表現)をつなげたいと思ったからです。京都精華大学陶芸学科に通う美大生時代、土や釉薬などの材料は専門店で買い、造形物をつくる、という課題を繰り返していました。でも、その材料がどこでどうやってつくられたのか背景と実感がわかないまま、軽く使い、小手先だけで「アート」と言っているような表現をする。
見せ方だけがうまく、生き方と表現がつながっていない、そういうやり方に違和感を感じていました。作品を見てもらうにしても、従来のように美術館やギャラリーに来る方だけに表現物を発表するのでは一部の方にしか見てもらえない。将来なりたいと思うモデル……例えば美術作家や先生、就職などが美大ではメジャーでしたが、わたしにフィットするものは大学内ではみつかりませんでした。いつも、「表現と暮らしと社会」がかけ離れているなと感じていたんです。
ヒビノ 生き方と表現がつながったかたちをつくり日常の中で普通の人に触れてもらいたい。学生時代からそのヒントを探そうと思い、全国でおもしろい活動をするアーティストや事業家に会いに行き、滞在させてもらい、それぞれの「生活と表現のあり方」に触れさせてもらいました。結果的に、自分もしっかりと地に足をつけた暮らしがしたいと思うようになりました。
そこで大学三年生のとき、京都の田舎のお寺を借り、自給自足的な暮らしを始め、その暮らしの中で生まれた材料(土や灰)で、作品をつくるようになったんです。3年後、出産をきっかけに「さらに地域に根ざした暮らしと仕事をし、地域で子どもを育てたい」と思い、夫のふるさとである高知に移住することになりました。
今関わっているどのお仕事でも大事にしていることは、どんなツールであっても、人の視点を広げるフレームになるような伝え方をすることです。そして、裏打ちとしてはわたしの生き方と表現がつながっているように。例えば、地域の内側で暮らしていて感じる楽しさ、悩み、人々の生きる姿を自分の言葉で伝えていくこともそう。ペラっとした情報が溢れる中だからこそ、地に足のついた体現性のある表現をすることで「言葉の奥にあって見えない何か」の質量は必ず伝わると思っています。
小倉ヒラク(以下、小倉) 僕は微生物研究家であり、アートディレクターです。仕事の軸はデザイナー、作家、研究者の3つの軸があります。デザイナー軸は、いわゆる商業デザイン。発酵醸造メーカーのパッケージ、会社案内、WEB等のデザインや都市計画プロジェクトのアートディレクションなどです。作家軸では、絵本やアニメをつくったり、ウェブマガジンや雑誌『ソトコト』で発酵とか微生物に関わる連載をしています。研究者軸では東京農業大学に30歳を過ぎてから入学してですね、そこで先生たちと一緒に研究しながら、日本各地に色んな発酵文化の基礎、応用研究をしています。
- 参考:元祖ゆるキャラ?山形県鶴岡市の郷土玩具 瓦人形が「かわらチョコ」でよみがえる
- 参考:糀は超ラブリーな日本の宝。小倉ヒラクさんに聞く菌の可能性
- 参考:きんきら菌と恋に落ちた小倉ヒラクさんが語る「発酵デザイナー」ってどんな仕事?
小倉 基本的に菌が好きな人って覚えてもらえればいいかな。デザイナー軸の仕事としては、山形県の「かわらチョコ」という洋菓子のデザインなどがあります。作家軸では2014年にグッドデザイン賞をもらった「てまえみそのうた」をつくりました。
こんな仕事をしているんだけど、説明しだすと大変だし、せっかく今日集まってもらったから楽しいことをしたいので、みなさん、立ってもらっていい? 発酵の世界が分かる「こうじのうた」のこうじダンスを、みんなで踊りましょう。
ローカルのカフェ・ゲストハウス経営について
鳥井 おふたりの共通点はブログを書いていることですよね。ローカルに対して東京にいる人には想像もつかない切り口だからおもしろい。たとえばヒビノさんはコーヒーとうどんの記事が印象的でした。
ヒビノ 田舎のカフェではなぜメニューにうどんが必要になるのか、そして田舎でカフェを経営するにはどうすればいいのかを書いた記事ですね。「田舎暮らしのカフェ経営」って、イメージ的にはゆるふわじゃないですか。憧れる人が多いのも分かります。
でもわたし自身やってみて思うのは、自分ひとりで5つくらい役をこなす必要があるということ。料理をつくったり接客したり、空間つくったり、経営したり、マネジメントをしたり。夢を見るだけでなく、現実構築力も必要です。知恵と体力も同時にいります。 田舎はお店が少ないので、例えば明らかに「スイーツとコーヒーの店」というコンセプトを掲げたおしゃれなカフェだとしても、お客様からは「うどんだして」「カレーないの?」「日替わりは?」「カラオケ置いてよ」とさまざまな要望が来る。
特にわたしが経営していた山カフェは、メディアにもよく取り上げられ人気のお店になり、お客様の層も地元の人や、都会からわざわざ1時間以上かけて来られる人、年齢層も20代〜80代まで、広すぎ! っていう勢いでした。それもおもしろかったんですけどね。 ただ、そんな中では「どんな店がそもそもやりたくて、どこに焦点をあてて経営していくか?」ブレない軸を持ちつつも、都会とは違う意味での柔軟性も必要で。
よく都会の経営者の方にも言われたのが「都会で年商1億の売り上げを上げるより、田舎で年商1,000万の商売をつくる方が難しい」ということ。田舎は食べ物も家もあるし、食べていける安心感があります。だけど、田舎だからゆるくても商売ができるだろう、ということに関してはじつは反対で、かなりのバランス感覚と、シンプルな仕組み、強い経営力がいるのだと思います。
鳥井 地域ではコーヒーと一緒にうどんさえ求められてしまう。見逃しがちな視点ですよね。ヒラクさんは地域におけるゲストハウスの経営について書いていました。
小倉 僕は20代の前半まで、ゲストハウスの経営をしていたんですね。記事の内容は、宿の本質についての話です。良い宿の条件は、料理がおいしさや内装のデザインのおしゃれさとか、ロケーションの良さではないんだよね。
いい宿の絶対条件は、掃除がきちんと行き届いていること。具体的にいうと寝るときに、枕に髪の毛が一本も落ちていないような宿だね。
小倉 僕らは毎日暮らしていると否が応でも生活感が生まれるから、枕には髪の毛が落ちているよね。でも宿で寝るとき、宿泊者はお金を出している。だから生活感を感じさせないくらい清潔で、その空間が非日常的であればあるほどリフレッシュできます。
鳥井 たいていのゲストハウスはおしゃれですよね。
小倉 そう。でも水回りの掃除で手を抜いているところが多くて、掃除が行き届いていないゲストハウスはオープンして最初は注目されても、結局続かない。
さらにゲストハウスが地域観光を盛り上げることにも僕は反対。地域のみんなで二人三脚して進んでいくには合意形成に時間がかかって、ゲストハウスとしての事業を成り立たせる前に疲弊してしまう。じゃあどうすればいいのか? 地域のゲストハウス経営は、毎日掃き清めて、宿の品格をあげるために我が道を行くべし。風通しのいい場所になれば、最終的には口コミによって発展していく、というような話をしました。
逆境フェチの人は、ローカルで国づくりできる?
鳥井 僕らは『灯台もと暮らし』というメディアの運営を通して、都市から見たローカルのイメージは、地域暮らしの実像とは乖離があるんじゃないかって感じています。おふたりは地域の良さはなんだと思いますか?
ヒビノ まず、昔は「田舎に移住する」というと、「都会から逃げる」みたいなイメージがあったと思うんです。でも逆に今、地域ではたくましくないと生きていけないですよね。何にもないところから仕事をつくって経営する能力や、素材や人材や情報が少ない中で、それでも「そこにあるもの」を見出して創造していく力が必要。限界を感じながらも限界突破していくような。あ、でも私みたいに逆境に燃えるタイプの人は、ローカルが合っていると思います。逆境フェチというか……。
小倉 逆境フェチってあるんですか!
ヒビノ 私が勝手につくった言葉なんですけども(笑)。とても大変な状況下で「どうしよう、わたしはどうしたらいいんだ!?」ってことが起こる度に、そそられて燃えちゃう気質のことです。
小倉 少年漫画みたいじゃないですか。
ヒビノ どうしても乗り越えなきゃいけない想定外な出来事が、ローカルで暮らしていると起こりますよね。田舎で仕事をつくることはそれなりにハードルが高いし、人や集落との関係も都会で生まれ育った人にとっては異文化です。自然の中での暮らしは美しくも厳しい。いいことも悪いことも自然発生してしまうので、起こったことをどう受け止めるか? がまず大事。そして、次は嘆いてばかりいないで「じゃあ、ここからどうする?」と行動していく。そんな修行の繰り返しでもあります。
小倉 ヒビノさんは逆境フェチだから、東京にいても、IT企業とかで働いていたらのし上がれそう。
鳥井 それ、すごく思います。
ヒビノ そうですか? 自分では全然わかんないです(笑)。
小倉 逆境フェチの人の方がローカルはおもしろくて。なぜかというと、国づくりができるんだよ。少し前に『greenz.jp』というメディアの取材を受けて、「豪族2.0だ」って話しました。
今、地域は自治体がこれまで提供してきたサービスのクオリティを維持できなくなっている状況でね。結局、その地域に住んでいる個人のパフォーマンスに頼らないと、サービスの質を維持できない。だからめんどうくさいんだけど、生活に必要なインフラから、自分でつくりだせることがたくさんある。そういうわけで会社経営よりもおもしろいんだよ。
僕の友だちの中に外資系のエリートサラリーマンを辞めて、小豆島でポン菓子を売っているお兄さんがいるんだけど、彼は豪族2.0みたいな存在。東京でいいパフォーマンスを出せるタフな奴が地域に入ると会社づくりではなくて、国づくりになるんだよね。
後編はこちら:【第1回 灯台もと倶楽部】都会暮らしだと孤独を感じるのはどうして?ヒビノケイコ×小倉ヒラク対談
イベントフード/ケータリング提供は「MOMOE」代表の稲垣晴代さん
ドリンク担当は移動式フード・ドリンクユニット「Uchila(ウチラ)」の荒川萌さん、飯泉友紀さん。
お話をうかがった人
ヒビノケイコ(@hibinokeiko)
4コマエッセイスト。1982年大阪生まれ。京都精華大学芸術学部陶芸学科卒。2006年出産を機に、高知県嶺北地域に移住。自然派菓子工房「ぽっちり堂」を起業。お菓子ギフトの商品開発、パッケージデザイン、カフェのプロデュースとネット情報発信を行う。2014年から作家・講演活動に専念。
小倉 ヒラク(@o_hiraku)
発酵デザイナー、アートディレクター。1983年東京生まれ。生態系や地域産業、教育などの分野のデザインに関わるうちに、発酵醸造学に激しく傾倒し、アニメ&絵本「てまえみそのうた」の出版。それが縁で日本各地の醸造メーカーと知り合い、味噌や醤油、ビールなど発酵食品のアートディレクションを多く手がけるようになる。自由大学をはじめ、日本全国で発酵醸造の講師も務める。グッドデザイン賞2014を受賞、最新作にアニメ「こうじのうた」